はじめに
中国では1980年から2016年まで「一人っ子政策」が行われていました。典型例で考えると、この間に生まれた子供同士が結婚した場合、夫婦二人で四人の年老いた両親の面倒を見なければならないことになります。中国で高齢者の介護が大きな社会問題になっている背景には、こうした要因もあります。
中国では近年、老後の両親を安心して任せることのできる質の高い養老施設への需要が急速に高まっています。現状では公的機関の施設が約半数を占めますが、規制緩和により民間企業や海外資本の参入も進んできています。養老施設の運営やサービスに豊富な経験を有する日本企業の中には、中国の巨大市場に積極的に挑戦する動きもみられます。
中国の国家統計局によると、中国の高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は2020年に13.5%に達しました。これは既に、世界保健機構(WHO)が定義する「高齢化社会」(高齢化率が7%~14%)の水準に相当し、今後はさらに上の「高齢社会」(高齢化率が14%~21%)と「超高齢社会」(高齢化率が21%以上)へと移行してゆく見通しです。
また、高齢者のうち、身寄りの無い老人、独居老人、失能老人(身体または精神機能の一部または全部が失われ、日常生活に支障をきたす高齢者)といった手厚いケアが必要となる高齢者も増え続けています。2050年には、身寄りの無い老人7,900万人、独居老人2.6億人、失能老人9,750万人、計4億3650万人に達すると予測されています。
こうした中、高齢者に対して居住及び介護のサービスを提供する組織を意味する「養老機構」の数は、2015年から20年にかけて年率6.3%のペースで増加し、3万8000施設を数えています。同機構内の総ベッド数も同5.9%増となり、現在483万1000床に達しています。中国の民間調査会社、前瞻産業研究院によると、中国の高齢者向け不動産業界は2030年に10兆元以上の規模に達すると見込まれています。
中国政府は近年、この巨大な養老施設市場に対する海外資本の参入規制を徐々に緩和しています。2014年12月には、商務部、民政部の公告により、海外資本による営利性養老機構の設立(単独出資、現地企業との合弁・合作を含む)が奨励されることになりました。2016年12月に国務院弁公庁が発表した「養老サービス市場の全面自由化と介護サービス品質向上に関する若干の意見」では、海外資本による非営利性養老機構には、現地企業と同じ優遇策が適用されると明記されました。さらに2018年7月、国務院の常務会議では、養老機構の設立に関する管理を許可制から登録(備案)制に変更し、手続きがいっそう簡素化されました。
近年の養老機構に関する主な管理規制・基準
公的機構との役割分担の意味もあり、民営機構によって建設・運営される施設は、中高所得層の高齢者向けの高級マンション・介護施設が中心となっています。運営方式は独立出資・運営が多いものの、政府部門と提携する官民パートナーシップ(Public–Private Partnership: P.P.P)や、現地の不動産デベロッパーや介護サービス専門企業との共同運営もあります。
施設の種類では、単なる高級マンションや介護施設よりも「継続介護付きリタイアメント・コミュニティー(Continuing Care Retirement Community: CCRC)」と呼ばれる、年齢ごとのニーズに応じて住居、生活サービス、介護、看護、医療サービスなどを総合的に提供するタイプが多くみられます。こうした施設を成り立たせるには、土地取得から施設棟の建築まで、一貫したコミットメントが必要になるため、経営リスクはその分高くなると言えます。それでも民営機構がCCRCを手掛けるのは、政府が提唱する高齢者向け養老サービス体制「在宅が基本」「社区(コミュニティー)が拠り所」「介護機関はあくまで補完機能」「医療と介護の一体化」といった方針に合致しやすいため。そして、ビジネス的な観点からも、◇高齢者の長期的な居住により高い入居率を安定的に維持できる◇土地資産価値の維持と向上が図られる――などのメリットが期待できるためです。
当然ながら日本企業も、こうした巨大市場での事業展開に注目しています。中国政府も、未曽有の高齢化への対策の一環として、日本政府との協議を進めています。国家発展改革委員会と経済産業省は2018年、19年に「日中介護サービス協力フォーラム」を共同開催しました。19年の第2回開催時には、日中の政府関係者、専門家、介護サービス事業者、福祉用具メーカーなど約370名が参加し、高齢化分野に関するシンポジウム、商談会に加え、同時期に隣接会場で開催されているHCR(国際福祉機器展)の視察が行われました(経産省サイトより)。
現在、中国の養老市場で活躍している日本企業は約10社ありますが、独資で事業を展開する企業はごく一部に限られ、現地企業と合弁会社を設立するケースが一般的となっています。日本企業は養老施設の運営やサービスについてノウハウ・技術を持っているものの、中国における施設用地の確保や現地固有のニーズの把握は難しいため、当面はこのような合弁形式での事業展開が主流となる見込みです。
中国養老業界における日本企業の展開事例(一部)
Speeda China アナリストチーム(執筆・王思文)
監修・米岡哲志
sh-analyst@uzabase.com