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ウクライナ危機下の中国経済

2022年05月16日

はじめに

ウクライナ危機が2月24日に新たな局面に突入してから約1カ月が経過しました。中国国内ではこの間に、ロシア・ウクライナ双方と関係の深い中国の経済環境にどのような影響が及ぶかについて、さまざまな考察が飛び交っています。政府諸機関も、ウクライナ危機が中国に及ぼす影響についての公式な見通しを明らかにしました。
まず押さえておきたいのは、中国と両国との貿易関係です。ロシアにとっては、中国が2021年まで12年連続で最大の貿易国となっています。ウクライナにとっても、中国は隣国ロシアを上回る最大の貿易相手国。一方、中国にとっては、ロシアですら輸出先としてマレーシア、豪州に次ぐ国別第14位(総輸出額の2%、2020年)にすぎない存在です。
中国は2013年に商品貿易総額(ドル建て)が初めて4兆ドルを超え、世界一の貿易大国となりました。その後21年には同総額が初の6兆ドル突破を記録し、引き続きトップを独走しています。その規模感と比較すると、ロシア、ウクライナ両国の混乱が中国の貿易全体に直ちに与える影響はさほど大きくないことが想定されます。  
中国は現在、経済のかじ取りにおいて、世界の主要経済体に比べて比較的、安定性を維持しているように見えます。3月7日に国務院新聞弁公室が開催した記者会見で外国メディアからの質問に答えた国家発展改革委員会の胡祖才・副主任は、2021年以来の世界的な新型コロナウイルスの流行、世界的な過剰流動性、供給ひっ迫などの影響により、石油、天然ガス、石炭、鉄鉱石など国際商品の価格が大幅に上昇し、世界的にインフレ水準が高まっており、少なからぬ国々で物価が過去最高を更新している(21年12月の米消費者物価指数は約40年ぶりに高い上昇率となる前年同月比7.0%)と指摘。「共産党中央委員会と国務院は商品の供給確保と価格安定化を非常に重視している」と述べました。  
中国の物価変動(2020年3月~22年2月)
  胡副主任はまた、「総体的に見て中国経済は耐性が強く、市場は大きく、豊富な対策を持つ」と述べ、近年の穀物の豊作、(食品物価への寄与度が大きい)豚肉の生産能力充足、工業・農業製品およびサービス供給力の余裕から、李克強・首相が3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)の政府活動報告で掲げた「22年通年でCPIを3%程度」とする目標の達成に自信を示しました。
  一方、ウクライナ危機が「一帯一路」経済圏構想に及ぼす影響につい同委の連維良・副主任は、「ロシアとウクライナの衝突は世界経済の発展にさらに大きな不確実性をもたらすもので、われわれはあなた方メディアと同様に十分に注視している」と前置きした上で、「中国経済は耐性が強く、潜在力に満ち、規模も大きいため、外部環境がさらに複雑で厳しいものとなっても、長期的に発展していくという基本は変わらないことを強調したい」と述べました。  
次に国家統計局が3月15日開催した記者会見 の内容を検討してみます。会見の冒頭、中国メディアからの質問に答えた国家統計局の付凌暉報道官(国民経済総合統計課課長)は、21年1-2月の中国経済について、「総体的に見て、マクロ政策と市場の自助努力がともに奏功し、経済回復の勢いが増しており、第1四半期(1-3月)の好調なスタートの基盤を築いた。しかしながら、世界的な新型コロナの感染拡大で世界情勢が不安定な中、地政学的な衝突も加わり、外部環境の不確実性は高まっている。国内の経済回復もばらつきがあり、一部地域ではコロナが流行している。企業のコスト上昇圧力は依然として高く、特に小規模・零細企業の経営難は深刻なため、今後の行方には注意が必要だ」と慎重な見方を示しました。  
本会見でも、ウクライナ危機が中国経済に及ぼす影響にメディアの関心が集まりました。ある外国メディアからの質問に対し付報道官はまず、直接的な影響について「ロシア、ウクライナが中国の輸出入に占める割合は比較的小さく、影響は限定的だ」とした上で、「地政学的な変化が国際商品価格に及ぼす影響は明確で輸入品の価格上昇圧力は高まるかもしれない。このために国内でのエネルギー供給の確保と、商品の供給確保および価格安定化に力を入れている」と説明しました。
  主要7カ国首脳会議(G7サミット)は現在、ロシアの一部銀行を、国際送金・決済を行うためのシステムである「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から排除する経済措置をとっています。第一財経網 によると、国務院新聞弁公室が3月2日に開催した記者会見 で、中国銀行保険監督管理委員会(銀保監会)の郭樹清主席は、中国がこうした金融制裁に加わる可能性について問われ、「金融制裁には賛成しない。特に一方的な制裁には賛成しない。なぜならその効果はあまりなく、法的な根拠もはっきりしないからだ」と述べました。さらに、中国がこうした制裁には加わらない方針を言明した上で、われわれは各方面との正常な経済貿易関係と記入関係を維持すると説明。中国の経済・金融が極めて安定し、耐性も強いことから、「制裁が中国の経済・金融にもたらす影響は現時点では明確ではなく、引き続き注視してゆくが、相対的にはさほど大きな影響はないと考える」と説明しました。
  中国の経済運営方針はこの数年で大きく変わりました。一言で表すとそれは「量」から「質」への転換です。第13次5カ年計画(2016-2020年)期間中の2015年5月に国務院が発表した産業政策「中国製造2025」では、製造業のイノベーション(創新)能力を高めることで「製造大国」から「製造強国」へと転換を図る目標が掲げられたが、これは言い換えれば「量」から「質」への転換を目指す動きでもありました。第14次5カ年計画(2021-25年)ではこうした基調が製造業だけでなく、社会全体の発展においても重視されることが鮮明となりました。  
第十四次五か年計画の全体構成
  出所:国民経済と社会発展第14次5カ年計画と2035年長期目標綱要、36Krを参考にUzabase作成  
毎年12月に開催され、翌年の経済運営方針を決める「中央経済工作会議」の2021年12月の回でも、「穏中求進(安定の中で前進を求める)」という言葉が繰り返されました。そして22年3月5日から11日に開催された第13期全国人民代表大会(全人代)第5回会議の開幕初日の「政府活動報告」では、2022年の経済成長目標を「5.5%前後」に設定されました。21年実質経済成長率の8.1%(目標は6%以上)から大幅な引き下げで、不確実性が高まる内外の情勢を考慮し、慎重な姿勢を堅持したと言えます。
  以上見てきたように、中国では、ウクライナ危機が中国経済に対して直接的に及ぼす影響について、あまり悲観的な見方はなされていません。ただし、商品価格の高騰、サプライチェーンの制限、外需の減退といった外部要因が、徐々に中国経済にマイナス影響を及ぼす可能性には強い懸念を示しており、国内の成長目標を低めてでも、「安定」を堅持する方針を示しています。2022年は17年10月以来5年ぶりとなる第20回党大会が秋に開催されます。さまざまな点でこれまで以上に注目度の高い重要会議を控え、中国では今後、さらに慎重な経済運営が求められます。  
SPEEDA China アナリストチーム(執筆・米岡哲志) sh-analyst@uzabase.com

enhanced_encryption 本レポートは中国版SPEEDAトップページに載せられている「ウクライナ危機下の中国経済~安定成長にシフト加速~」のレポートをまとめたものとなっています。

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